君が僕を知ってる

特に何かあったわけでもなく、月曜だというのに残業で(月曜は関係ないか)、寝不足なもんで、もう寝ようってとき、スピーカーから流れてきた「君が僕を知ってる」。RCの、清志郎の超名曲だ。バラードでもないのに、悲しい唄でもないのに、無性に涙が流れてくるような、奇跡のような歌だ。
  今までしてきた悪いことだけで
  ぼくが明日有名になっても
  どうって事ないぜ まるで気にしない
  君がぼくを知ってる
この出だしだけで充分だ。
渋谷陽一が、昔、恋愛の究極的な理想を歌ったもので、それでいて、主人公は、実は100%完全にうまくいくことなどないってことをわかっているのだ、というようなことを書いていたような気がする。テキトウに思い出しながら書いているので、80%くらいは嘘かもしれない。
私は、この解釈に賛成だ。「スローバラード」と同じで、主人公は彼女とこの先ずっとうまくいくとは必ずしも思っていない。だけど、その漠然とした不安を表に出さず、「君が僕を知ってる」と、「悪い予感のかけらもないさ」と歌うのだ。
清志郎のラブソングのリアリティがここにある。
聴き手は、このシンプルな言葉から、聴き手の数、いや、時と場合によって、それ以上の無限のイメージをいとも簡単に思い描くことができる。この辺りは、角田光代氏が、エッセイでとてもうまく表現している。
ともかく、なんだか疲れた体に、心に、ぐぐっと、それでいて自然に入り込んでくる、それが清志郎の歌なのだ。から元気でもなく、ことさら前向きでもなく、卑下するでもなく、後ろ向きでもない。
シンプルな言葉とメロディ、そして清志郎のあの声がイカシタ演奏に乗っかってスピーカーから流れてくる。それだけで、ただそれだけで、わけもわからず、涙が出てくるような、そんな感情に襲われるのだ。明確な理由などない。それが私にとっての清志郎なのだ。