三宅さんライブ@初台ドアーズ

三宅さんのライブ@初台ドアーズに行ってきました。開演が19時30分、ドアーズを出たのが23時近く、今はまだ電車の中というなかなかすげー日でした。
ライブそのものもスペシャルで、良かったです。感動でした。感想はまた後日に書こうと思います。

BLUES’N ROLL/三宅伸治

BLUES'N ROLL/三宅伸治BLUES’N ROLL/三宅伸治
三宅伸治、ソロアルバムとしては、実に6年振りの新作『BLUES’N ROLL』をリリース。BLUES’N ROLLとは、彼が長年変わる事なく演り続けてきたrock’nroll、bluesをミックスさせた新たなジャンル。収録曲は、6年の間に誕生した膨大な数の曲の中から、じっくりと時間をかけて選曲した10曲。揺れて踊れるダンスナンバーは、シンプルかつ、重み・キレのあるロックサウンドが、アルバムにスピード感を加え、魂を揺らすスローナンバーは、聴く人の心に染入り、なおかつストーリー性をも感じさせる。まさに聴き応え充分な三宅伸治のベスト的1枚である。参加ミュージシャンは梅津和時(A-sax)、片山広明(T-sax)、渡辺隆雄(Tp)、大島賢治(Dr、元ザ・ハイロウズ)、杉山章二丸 (Dr)、高橋 Jr. 知治(Ba)、川上剛(Ba)、厚見玲衣(Key)など。
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久々の三宅さんのNewアルバム「BLUES’N ROLL」。
すげー良いです。泣けるほど良いです。傑作です。1曲目「Fly me to the highway」から最後の「Midnight Special」まで一気にいけます。何回でもいけます。
いやー、ほんとかっこいーなぁ。ジャケットもむちゃくちゃかっこいーし。アナログのLPでもあれば、飾っておきたいくらい。たまらんです。
では、テキトウに。
「Fly me to the highway」、1曲目を飾るのにふさわしくギターのリフが強烈なR&Rです。かっこいーなー。間奏とエンディングのスライドもキマッてます。初めて聴いたときは、StonesのRon Wood(のソロアルバム)みたいだーと思いました。
2曲目が「月がかっこいい」。ライブで何回も聴きました。これまたかっこーR&Rですが、こちらは、New Blue Day Hornsによる切り込むホーンがたまりません。片山さんのソロもよいです。
そして、キースのようなちょっと意表をついた間がかっこいーギターで始まる3曲目「夢の途中」。これもR&Rですが、凄く良いです。アルバムのなかで今のところ一番好きです。途中、スローテンポになったりして、緩急のキレがたまらんです。曲も歌詞もいいですねー。
続いて、『知ったかぶりの老いぼれにはなるまい』という歌詞が印象的な「Forever Young」、『悲しんでもいい 間違ってもいい 全てなくしても また始めればいい』という歌詞が印象的な「Birds」と、ちょっとフォークっぽい2曲。
ここまでで5曲ですが、曲の流れも、歌詞も曲も含めて凄く良いのです。
三宅さんのキャリアが詰め込まれたような、凝縮されたような感じがします。
後半の5曲も、まったく悪くはないんですが、なんかこの前半がとりわけ良いんですよね。
ということで、後半はちょっと省略しちゃいます。
それでも、「夏が終わる頃」だけは書かないわけにはいきません。
9月1日の伸ちゃんのライブ「Blues’n Roll Fes’06」で初めて聴いたのですが、まさにそのときの気持ちが蘇ります。手抜きというわけではないんですが、そのときの日記を再掲しちゃいます。
【「心配ない 大丈夫 元気 変わらない声を 聞いたんだ」といったコトバが心に響きます。メロディもよくて、最高でした。】
ちなみに、今日、この曲を初めて聴いてるときに、たまたま偶然にも、清志郎によるライナーノートを読んでいました。涙が出ましたよ。
ということで、アルバム発売日に聴くNewアルバム。まさに、行ったことのない遠い空に想いを馳せるアルバムでした。ほんとに素晴らしいアルバムだと思います。超おすすめ。
あぁ、あとタイトル曲の「Blues’n Roll」も最高です。
で、三宅さんのブログで、「ボスが書いてくれたライナーノートは、僕の宝です。」と書かれている清志郎によるライナーノート。清志郎にしては、めずらしく、といっては失礼かな、とても丁寧で簡潔で読みやすい文章で、感動しました。
ついでだ~。
今日の中日スポーツのサイトに三宅さんの記事が掲載されてます。こちらです。

1983年 rockin’ on

1983年は前回で終りにしようと思っていたのですが、大事なものを忘れてました。
雑誌「rockin’ on」です。rockin’ onは、創刊は1972年8月とずいぶん昔ですが、私は1983年12月号から購入し始めました。12月号の表紙はKeithです。あまりかっこいー写真ではないのですが、インパクトはあります。ちなみに、rockin’ onオフィシャルサイト(rockin’ on編集部)でバックナンバーの表紙が見られます。
rockin’ onといえば、ちょっと真面目で、ちょっと危なくて、かなりシニカルな雑誌だったと思います。1983年当時、高校1年生がロックの情報を入手するには音楽雑誌くらいしかなく、ロッキンF(だったか)や、ミュージックマガジンなどもあったように思いますが、私が好んで読んでいたのはこのrockin’ onでした。ちなみに、当時280円という定価です。
rockin’ onといえば、渋谷陽一なんですが、渋谷氏のちょっとくどい文章も好きでしたね。ずいぶん影響されたと思います。渋谷氏の文章を読まなければ、ZeppelinやPrinceに興味をもたなかったかもしれないです。
で、私がrockin’ onを贔屓にしていたのは、渋谷氏の文章もさることながら、当時のrockin’ onはRCを頻繁にとりあげてくれていたからでした。数年後に発刊される「rockin’ on JAPAN」も「季刊 渋谷陽一」も創刊号から買っていましたね。これらの雑誌も清志郎やSlidersの記事が多かったです。
あと、rockin’ onは、マニアックというか新しい場を開拓するような姿勢を保ちつつ、売上拡大も狙ってるというところが好きでした。商業主義一本に走らずに、ベストセラーを目指すという姿勢は、清志郎に通じるところがあるような、そんな感じです。ちょっと褒めすぎか。
結局、15年くらいは買いつづけてたかな~。
1993年くらいからはすでに惰性だったような。
買わなくなった理由は簡単で、なんだかつまらなく感じてきてしまったんですね~。清志郎が掲載されることもなくなっちゃったし。なんでなんでしょうね。2000年以降の清志郎の活動は、けっこうはちゃめちゃで面白いと思うんだけどなー。もちろん「KING」以降の王道路線に戻ってからの勢いも凄いし。
ということで、すっかりrockin’ onは読まなくなっちゃいましたが、このところの年末年始のイベント「CountDown Japan」には、なんとなくちょっとだけ昔のrockin’ onの空気が残っているような気がしたなー。

1983年 その他

日記がでてきたんで、その頃の行動やら感覚がなんとなくつかめてきました。
といっても、1983年の日記は2~3か月分くらいしか書かれていません。
で、ここには印象に残った本のことを書こうと思って、1983年のベストセラーとかも調べてみました。
第01位 気くばりのすすめ 鈴木健二
第02位 積み木くずし 穂積隆信
第03位 探偵物語 赤川次郎
第04位 和田アキ子だ文句あっか! 和田アキ子
第05位 老化は食べ物が原因だった B・フランク
第06位 続・気くばりすすめ 鈴木健二
第07位 女らしさ物語 鈴木健二
第08位 めがとれんど J・ネイビッツ
第09位 佐川君からの手紙 唐十郎
第10位 意識改革のすすめ 広岡達郎
Welcome back to 80s!より)
だがしかし、いまひとつ印象に残ってない。そもそもここのリストでは赤川次郎の小説しか読んでないし。で、日記をぱらぱらめくってみると、まだまだこの頃は井上ひさしにはまっていたようです。
これで終わるのもちょっとってな感じなので、その日記に書かれていたことをちょっと抜粋。
この年はほんとRCやらStonesにハマッていたようで、いたるところに意味もなく「Yeahh!」とか「RC SUCCESSION」とか「Stones」とかの落書きや、「雨あがりの夜空に」の歌詞とかもありました。そんな落書きのなか、
8月23日「RCとStonesはサイコー それにしてもR&Bってどうーいうーのなんだろ」
8月27日「きょうはYOU(NHK)でRCのとくしゅうやった。はっきりいってサイコー。でも、いといしげさとをこれほどじゃまだと思ったことはないのさ」
9月1日「(Let’s Spend The Night Togetherを観て)特にキースのギターに感動したな。ようやくメンバーの名前をぜんぶおぼえた。とにかくすごい。RCよりすごい。きぼがちがう」
ということで、1983年はRCとStonesにはまった年でした。
9月中旬以降、日記はまた止めてしまいます。で、確か、この年の冬休みに、初めてのバイトを体験します。RCを薦めてくれた友達に誘われたんだと思うのですが、郵便局、年賀状配りですね。で、その友達はその頃はもうRCには興味がなくなっていて(アルバム「BLUE」をもらったりしました。)、ヘビーメタルのほうにいってました。そして、ちゃりでのバイトの行き帰りのなかで、LOUDNESSを教えてくれたのでした。ちょうどその頃、LOUDNESSは「LIVE-LOUD-ALIVE LOUDNESS IN TOKYO」というなかなかの傑作ライブアルバムを発売したばかり(1983年11月)です。そのアルバムをカセットテープに録音してもらった覚えがあります。
友達はバンドもやっていたようで、彼のプレイとかは観る機会がないままになってしまいましたが、エレキギターも初めて触らせてもらったりもしてました。
と、こんな感じで、1984年を迎えることになります。

昔の日記

押入れのなかから昔の日記やら手帳やらを発見。実家から持ってきてたんだ~。すっかり忘れてた。さらに、1990年くらいまで、途中すっかり抜けてたりもするけど、だいたい揃ってたことにも驚き。
で、一度開いてしまうと、すげーつまんない内容でもついつい読み返してしまうのがこの類のもの。
ついつい5~6時間は斜め読みをしてしまいました。
で、いろいろ懐かしかったんですが、RCの名前が初めて書かれているところを発見。
1982年8月12日に、「RCサクセションBLUEとYMOのを借りた」と書かれてました。感想は書かれてなかったので、どー感じたのかは分からず。この頃は、どうも、音楽よりも漫画やアニメに夢中だったようで、「タッチ」とか「みゆき」とかがあちこちに落書きされてました。
10月に入ると、「RC SUCCESSION」というロゴというか落書きが始まってます。
でもって、10月17日に「RCのとTOTOの2枚借りてきた」。
10月20日に「RC SUCCESSIONのPLEASEとビリージョエルのナイロンカーテンを借りた」。
10月25日に「RCのNew Album「BEAT POPS」を買ってきた」。
10月27日に「EPLPとってもらう」。
と、続いてました。11月中旬以降は、高校受験で余裕がなくなったのか、めんどくさくなったのか、日記は書かれてません。
10日間でRC4枚。
8月の「BLUE」を入れれば5枚。
1982年の8月から10月にかけてRCにはまったんだなぁ。
なんとまー25年前?
その頃、まさか20年以上も、RCの「PLEASE」が最高!と思い続けるとは夢にも思わなかったよなー。
ていうか、将来のことなんか考えもしなかったな。ま、今もだけど。
そして、今でも清志郎のNew Albumが聴けるなんて、ほんと幸せなことだと思います。

Early Sliders LIVE 1983-1987

The Street Slidersのバンド初期のライブ映像を集約。衝撃のデビューを飾った83年の久保講堂ライブから87年の武道館ライブまで、316本のステージから厳選した楽曲をピックアップ。「カメレオン」他、13曲を収録。“DVD Re-PRICEキャンペーン”第2弾。
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昨日、デビュー当時のSlidersのことを書いた。で、なんとなく、ほんとに動くHarryを観たのが東京12チャンネルの番組だったかなーという疑問が湧いてしまった。
ということで、今日の会社に出かける直前に、大昔のビデオを引っ張り出して観てみた。
その頃から、CMとか要らないところとかはカットしてるらしく、Slidersのライブシーンしか残ってなかった。なもんで、NOKKOが司会をしていた番組なのか不明。演奏していた曲は「Blow The Night」と「Easy Come,Easy Go」だった。
荒々しいHarryの姿があった。なんともかっこいー。
しかし、「Easy Come,Easy Go」か。この曲は84年11月発売の「JAG OUT」に収録されている曲だ。でもって、フリップで「1985年はスライダーズの年になる~」とかなんとか流れていた。てことは、これ、1984年の終りか1985年に放送されたんだなー。これより前のSlidersの映像は自ら録画したものはたぶんない。っつうことは、このときまで動くHarryを観たことがなかったんだなー。
でもって、さらにここで流れた映像は、DVD「Early Sliders LIVE 1983-1987」に収録されているものと同じだったりしてなんてことが、まったく時間がないというのに、頭をよぎる。
さらにさらに時間がないというのに、そのDVDを引っ張り出す。観る。
あー、違うわ。たぶん。そもそも「Easy Come,Easy Go」は、このDVDに収録されてないし。
っつうことは、けっこうこのビデオテープ、貴重だったりして。もー、伸びかけていて、かなり危険な状態なんで、なんとかしたほーがいーよなー。
なんてことを、ばたばたとやっていた今日の朝。
ちなみに、このテープには、RCの1984年の西武球場Fesや、プリテンダーズとかが出演したUS FES、さらにはなぜか菊地桃子の映像(なぜかってことはない、ちょっとの間、ファンだったのだ)も入ってたりした。
と、ここでちょっと菊地桃子を調べてみる。ビデオに録画されていたのは、歌番組での「雪にかいたLOVE LETTER」だった。「雪にかいたLOVE LETTER」の発売日は1984年11月1日だ。
ということで、私が動くHarryを初めて観たのは、1984年11月か12月の頭と判明(菊地桃子の映像の間に録画されていたので)。
なるほどねー。
あー、ついでに書いとこう。菊地桃子を好きだったのは、次のシングル「卒業」までだ、たぶん。「卒業」が発売されたのが1985年2月。ほんとに短い間だったんだなー。