わかってもらえるさ
こんな歌 歌いたいと思っていたのさ
すてきなメロディー
あの娘に聞いて欲しくて
ただそれだけで 歌うぼくさ
この歌のよさが いつかきっと君にも
わかってもらえるさ
いつか そんな日になる
ぼくら何もまちがってない もうすぐなんだ
気の合う友達って たくさんいるのさ
今は気付かないだけ
街で すれちがっただけで わかるようになるよ
清志郎の歌は、ある日突然に「わかる」ことがある。わかった気になるというのが正しいかもしれない。この歌も、まさにその歌詞のごとく、そうだった。RCのアルバム「BLUE」から清志郎の世界に入った私にとって、地味なこの歌を最初に聴いたときは何てこともなく、さして好きでもなく嫌いでもない、そういう歌だった。
中学校の卒業文集にこの「わかってもらえるさ」の歌詞を書いた友人がいた。友人は人気者だったし、RCを好きなことは知っていたけれど、なんでこの歌なんだろうとはじめは思った。もっといい歌はたくさんあるのにと。
読み返すうちに、「わかってもらえるさ」がわかってきた。わかった気になっただけかもしれない。なんせ、うまく言葉にするのができないのだから。
「わかってもらえるさ」は、とんでもない絶望、底辺の世界にいて、誰にもわかってもらえない状況にありながら、最後のフレーズは他者への呼びかけになっている。それも押し付けがましくない、微妙な言い回しでだ。「シングルマン」から「わかってもらえるさ」の頃の清志郎らしい世界観で、自信があって自らの歌を信じていながら認められない、ぐらぐらしている心情を、簡潔な言葉で綴っている。この頃の清志郎の歌詞は完成度としては一番だと思う。
清志郎の歌詞が心に響いたとき、人気者だった友人の心の底がなんとなくわかったような気がした。
