グーグーだって猫である

映画「グーグーだって猫である」を観ました。
大島弓子原作、小泉今日子主演、犬童一心監督です。
舞台は吉祥寺、お話の中心は猫。
猫が好きな私は冒頭のシーンから涙。
グーグーも可愛いですが、サバもとっても可愛い。
猫の撮り方がすごくよいです。むちゃくちゃ自然です。
まさか、CGじゃないと思いますが、スクリーンの猫だけで、私的にはOKな映画でした。
とはいえ、お話もなかなか良かったです。
重たいテーマである生と死について淡々と描かれているところにも共感を覚えます。
小泉今日子が抑えた演技というのか、良いです。
小泉今日子を綺麗に撮ってないところも良かった。
デビュー当時をリアルタイムで知っている私は、キョンキョン歳とったな〜と思ってしまいましたが、きっとその辺りは計算して撮っているような気がします。
当然ながら、自分も歳とったな〜とあらためて気付かされたりして。
それでも歳とることはそんなに悪いことじゃない、死ぬことすらそんなに恐れることじゃない。
そんな気にもなります。
少々気になるといえば、中程のドタバタしたシーンかなぁ。
淡々とした進行なので、アクセントとして必要だったのかもしれませんが、いまひとつだったかも。
いやいや、グーグーの猫らしい映像、この猫らしいってとこが大事なんですが、それさえあれば何でも許せちゃう、そんな映画でした。
そうそう、猫が中心と冒頭に書きましたが、それほどグーグーの映像満載というわけではありません。
動物映画じゃない(そこがいいんだ)ので、人が主役です。
グーグーがなに考えて行動してるんだか、ホントのところはわからないように描かれてます。
でも、それがいいのです。だって猫なんだから。