ブンとフン/井上ひさし

ブンとフン/井上ひさし
ブンとフン/井上ひさし
フン先生が書いた小説の主人公、神出鬼没の大泥棒ブンが小説から飛び出した。奔放な空想奇想が痛烈な諷刺と哄笑を生む処女長編。
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「ブンとフン」、たぶん、中学生(もしかしたら小学生)のときに初めて読んで、衝撃を受けました。いや、作者でさえ、あとがきで「馬鹿馬鹿しいということについては、この小説を抜くものが出ていない」といってるくらい、ばかばかしいナンセンス小説なので、衝撃とはちょっと大袈裟なような気もする。だが、そーだなぁ、少なくとも5年以上は、この小説が私のなかのベストだったのだ。
で、たぶん、20年以上ぶりにあらためて読んでみると、やっぱり、原点なんだよなぁ。作者の、じゃなくて、私の、なんつうか、大袈裟に言えば、思想の。
なにしろ、ぶっ飛んでる。でもって、世の中のあらゆる権力、権威に対する痛烈な挑戦。いや、違うな、権力をバカにして、おちょくって、笑い飛ばしてる。笑い飛ばしてるだけだから、デモとかそんな方向には行かないし、もちろん、過激派やテロリストなんてつまらない「反権力という権力」にも振られない。
この小説を読んで、たぶん、物の見方が変わった。というか、潜在的に持っていた見方が増幅された。良いか悪いかはわからない。
さて、なんだか似てないか。
そう、清志郎のスタンスにとっても似てるのだ。井上ひさしと清志郎が繋がるとは、考えたこともなかった。新たな発見だ。「ブンとフン」に感動した私は、その後、井上ひさしの小説(当時、発表されてたもの)をほとんど読んだ。清志郎に出会うのは、たぶん、そのちょっと後、若しくは同時期だ。清志郎に夢中になるのも無理はない。
さらに、井上ひさしの書く詩(「ブンとフン」はミュージカルっぽい側面もあってちょこちょこと歌が書かれている)が、これまた清志郎のニオイがする。例えば、こんな感じ。清志郎の曲だと言われても、思いっきり納得しちゃう。
  ただ好きなのさ
  つまるところ そういうことなのさ
  理屈はいらない
  ただ好きなのさ
  ただそれだけのことなのさ
ということで、なんだか突然の自分探しというか、そんな感じのした「ブンとフン」再読でした。
残念だったのは、ここに書かれているくだらないギャグが、あまり面白く感じられなかったこと。以前は、爆笑してたはずなのになぁ。やっぱり、つまらない大人に確実になっているような、そんな気がしてしまいました。

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