「AERA(2006.7.31)/ 朝日新聞社」に掲載された清志郎の記事です。
清志郎のインタビューはありませんが、珍しく相澤自由里さんのコメントが掲載されてます。
以下、記事の概要を紹介します。

いい事ばかりはありゃしないというけれど、喉にがんとはズイブンだぜ。
がんなんか、いつものように決めてぶっ飛ばしてやってくれ。清志郎はHPの最後に「またいつか会いましょう。/夢を忘れずに!」と書いている
忌野清志郎(55)は喉頭がんの治療のため休業を発表し、自身のHPに「またいつか会いましょう。夢を忘れずに!」とのメッセージを掲載。「この新しいブルースを楽しむような気持ちで治療に専念できれば」と表現したこの言葉は、彼の音楽観と生き方を象徴している。発表翌日にはHPのアクセスがピークで約4万件に達し、激励のメールも殺到。特に40〜50代のファンからは、「若い頃、清志郎の歌に救われた」「今度は自分が恩返しをしたい」などの声が寄せられた。
「いつもと声が違う」
出版社アートンの能川和男さん(54)は、初期の『ぼくの好きな先生』からの長年のファン。かつて高円寺のロック系書店のカリスマ店長として清志郎の握手会も企画し、公式ショップの認定も得たという。最近NHKのBSで、仲井戸麗市とのライブを観た際、「あれ、声がいつもと違う」と感じたという。清志郎の魅力は「年取るのを忘れさせてくれる」「ハートが熱いまま」という点にあり、過激なメッセージを含みつつも運動の象徴にはならない、そのスタンスにも共感している。
音楽制作集団「エチュード」のディレクター・大西順さん(37)は、CD制作をきっかけに清志郎と知り合い、自転車にも影響を受けてロードバイクを購入。紀伊半島を一緒に走るサイクリングにも同行し、その体力についていけなかったと振り返る。また、同じ時期にライブで「声が以前より太くなった」とスタッフ間で話題になったことも記憶している。「年をとると普通は声が細くなるが、清志郎の体は鍛えられていてがんにもきっと勝てる」と語る。
清志郎は6月に出版した著書『サイクリング・ブルース』の冒頭に、「自転車はブルースだ。クルマや観光バスではわからない。走る道すべてにブルースがあふれている。楽しくて、つらくて、かっこいい」と記している。
声が低くなる可能性も
長年のマネジャー・相澤自由里さんは、「ブルースとは?」との問いに対し、「本人なら『人生そのもの』と答えるでしょう」と語った。喉頭がんは喫煙者に多く見られる病で、清志郎も若い頃からの愛煙家だったが、前年の骨折入院を機に禁煙していた。専門医によれば、早期の喉頭がんには放射線療法が一般的に用いられ、治療後には声帯に変化が起きて声が低くなる可能性があるという。
ハスキーな声が変化しても、深みを増した新しいブルースをまた聴ける日を、多くの人が待ち望んでいる。
清志郎の言葉

清志郎公式ホームページに掲載された清志郎のメッセージです。
※AERAの記事には掲載されてません。
